タイ国上座部仏教視察研修旅行を顧みて

さる六月三日から六日にかけて、当会四十周年記念事業の一つ「懺悔行」として、タイ国へ研修に行って参りました。

タイでは五月下旬にクーデターが起こり、参加者は十四名から九名に減ってしまいましたが、実際のところ現地は全くといっていい程平穏であり、大変実りある研修旅行となりました。なぜ、この様な政情不安の時期に、敢えて研修旅行を強行したのか。それは、高野山真言宗僧侶でありながら、タイ国留学僧として、タイ国の寺院にて出家ご修行なさっている神田英岳僧正にお会いしてお話を伺う為でした。彼の任期は六月で終了し、日本に戻られてしまうので、どうしても日程を延期することができなかったのです。神田師は、至心に仏道を求めておられる方です。また、真言密教とタイ国上座部仏教のどちらにも精通なさっておられるので、日本の仏教しか経験していない我々にとって、外からの視点を提供して下さる、大変希有な方です。仏道の基本の一は、「己の心を冷静に客観視し、日々生じてくる煩悩(貪瞋癡の三毒)を認識して、それらから厭い離れ、心を浄らかにする」ことです。煩悩を持しているが故に日々破戒をしている事に気づき懺悔をする為にも、タイ国上座部仏教にて修行なさっている神田師に交誼を賜るという、日々の生活と異なった視点から仏道を考えることができた今回の経験は、非常に有意義であったと思います。お釈迦様のお言葉に「もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。」(『ダンマパダ』第六三詩)があります。このお言葉は、自分が煩悩を持った身(愚者)である事を自覚して、さとりを目指して精進をする事が大事なのだ、という事を教えて下さっていると思います。

我々僧侶は、ややもすれば自らの煩悩に対して無自覚となり、いつの間にかさとりを求める菩提心を失い、己の生活の為に僧侶である事を稼業として働いてしまいがちです。当会に所属する若い僧侶には、そういった「ただ衣を着ているだけで仏教を利用して生活をしているだけの人」になって欲しくない、常に自らが煩悩を持った「愚者」であることを自覚し、日々生じる煩悩を浄らかにする懺悔を欠かさないで欲しい、との願いを込めて、今回の研修旅行を強行させて戴きました。その結果、参加者のご家族様をはじめ、多くの方々にご心配をおかけました事を、この場を借りてお詫び申し上げます。最後に、道中を大過なく過ごせました事、お護り下さったご本尊様お大師様に対して、また、任期終了間近のお忙しい時にわざわざ時間を割いてご同行下さった神田師、そして神田師との連絡から旅行の企画立案まで担当部長としてご尽力下さいました藤井師に対して、心から感謝の意を表したいと思います。
至心合掌
記事:神奈川青年教師会会長 柴 義彰